NYのシェフがコロナ禍で見つけた新天地

注目を集めるマイアミ

パンデミックで変化したニューヨークの現状とは 

パンデミック後、ようやく落ち着きを取り戻し、夏到来とともに、通りにかつてのような賑わいを取り戻しつつあるニューヨーク。人々は日常の活動を概ね再開し始めた一方、ニューヨークのビジネスシーンや人々の生活様式にパンデミックが少なからず影響を及ぼし、変化を与えたことは否めません。

今回は、このパンデミックがもたらしたニューヨークの変貌に焦点を当て、その中で、パンデミック中にやむなく閉店した、特に富裕層を顧客に持つ高級レストランの行方に迫ってみたいと思います。Podcastではより詳しく聞いてもらえます。また、コロナ禍の米国事情に関しては下記の記事でも解説しています。
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所得額上位2%の富裕層の税収入が市の全所得税収入の半分を占めるNY

まず、パンデミック中の著しい傾向として、ニューヨークの富裕層が、税金が安い他州に移住してしまったという現状があります。ニューヨークでは所得額上位2%の所得税収入が、市の全所得税収入の約50%を占めるので、その層を喪失したことで、州の財政難は深刻に。大麻解禁などその他の財源で問題解決を図っていますが、かつての財源の半分を穴埋めすることは容易ではありません。

では、このような富裕層を顧客としていた高級レストランのシェフは、いかにして生き残りを図っているのでしょうか。18回の放送でも触れましたが、多くの方達が、従来のレストランという形態ではなく、様々な食に関するプロジェクトに従事しています。

1人前10万円のディナーコースが大盛況

パンデミック下でも大きな経済的打撃を免れたといわれる富裕層にとっては、パンデミック中の謹慎生活で消費意欲は一層高まり、お金に糸目をつけない風潮も高まっています。たとえば、その証拠に、三ツ星レストランである「The Restaurant at Meadowood」のシェフであるChristopher Kostowがパンデミック中にロサンゼルス郊外のホテルで5週間、スペシャルディナーを提供するプロジェクトを実施したところ、一人$999 という高額な食事ながら、全席売り切れの大盛況であったとか。

その他、ゴーストレストランを開いたり、レシピ本を出版したり、オンライン上のマーケットプレイスを開くなど、従来のレストランという店舗に固執しない別の形態で活動の範囲を広げ始めたニューヨークの有名シェフたちではありますが、やはりシェフであるからには、自分の店舗を構え、自身の露出度を高めることこそがステータスの構築に繋がっていくことは疑いのないこと。シェフ達が望む望まぬに関わらず、人はシェフにそのように期待しているということでしょうか。

ニューヨークの「Ivan ramen(アイバンラーメン)」のオーナー兼シェフのIvan Orkinさんの、「レストランは厳しいもの。レストランがなくなれば、シェフは忘れ去られるんだ」という言葉が、それを物語っています。

NYから流出する人気シェフが集う「マイアミ」の魅力とは 

パンデミック中にレストラン閉店を迫られたNYのシェフが大勢移動した街があります。それが、フロリダ州マイアミ。 

マイアミといえば、「Art Basel(アートバーゼル)」のマイアミバージョンのような世界的な展示会が目白押しですし、マーリンズの本拠地があるなどスポーツイベントも豊富、都市部から少し離れれば世界遺産に指定されているエバーグレーズ国立公園などレクリエーションの場も多くあり、様々なエンタメを楽しめる場所です。そして、別名・サンシャインステートと呼ばれる温暖な気候やビーチで、世界的なリゾート地としても有名です。

かねてから、税制面のメリットに加え、各都市への航空便の利便性や、国際都市としての洗練された雰囲気などから、マイアミは積極的に企業を誘致してきましたが、近年、ホームレスの増加やオフィス賃料の高騰、またパンデミックの影響の働き方の変化により、特にIT系や金融系のホワイトカラーがシリコンバレーやニューヨークから移り住んでいるようです。

投資家も注目 優良企業やスタートアップが集結


テック通であるマイアミ市長のFrancis Suarez(フランシス・スアレス)自らが宣伝隊長になり大手企業をどんどん誘致しており、不動産大手のスターウッド・キャピタル、投資大手のブラックストーン、ゴールドマンサックスもオフィスを計画中とか。

また、マイアミには、PayPalやLinkedInの投資で有名な、Keith Raboi(キース・ラボイス)のようなベンチャーキャピタリストがいたり、今年頭には、ソフトバンクが100億ドルをマイアミに集まるスタートアップに投資する計画を発表するなど、マイアミの過熱ぶりは顕著。

物価が安く個人の所得税もない 住みやすい環境 

なんと言っても、フロリダ州には個人の所得税がないのが大きな魅力。ニューヨークと同じ金額を払えば1.5-2倍のスペースのオフィスが構えられるなど不動産の安さに加え、税金や物価もニューヨークとは段違いに低く、優秀な人材が集まってくる素地はできているといえます。

また、政治的傾向においても、フロリダ州自体はスイングステートではありますが、現在の知事は共和党系なので、経済再開を優先課題として、早々からコロナ対策も緩和させてきたことも、ビジネスにとっては強みと言えるでしょう。

次々とオープンする有名レストラン

このようにお金と人が集まることでより多くのエンタメが必要とされ、多くのニューヨークのシェフがマイアミに移住しており、以下のような有名レストランが開業済み、または近日開業予定となっております。

●「Pastis(パスティス)」
ニューヨークのミートパッキング地区で開業した有名フレンチビストロが。来年マイアミでオープン予定。

●「Ai Fiori(アイフィオリ)」
ミシュラン1つ星を獲得しているニューヨーカー御用達のイタリアンフレンチ。

●「Momosan Wynwood
危険な倉庫街であったが開発により今やアートを中心としたおしゃれ街と生まれ変わったマイアミのWynwood地区にて、Iron Chefで有名な森本正治シェフが開業。NYに引き続きマイアミでも熱いラーメン戦争が繰り広げられることが予想されます。

●「Azabu Miami Beach
ニューヨークで誰もが知っている高級日本食店。二号店はマイアミに。

●「Kissaki
ニューヨーク周辺で6店舗展開しているこの人気の寿司屋も、今年12月にマイアミに進出予定だとか。

同じレストランでも、ところ変われば、現地の文化にカスタマイズをしてメニューを提供していているところも注目したい点。例えば、NYで創業し、2月にマイアミに出店した三年連続ミシュラン星を獲得している韓国焼肉店の「Cote」は、ブラジルでは誰もが知っているものの、アメリカでは一般的ではなかった「ピカーニャ」というお尻の上の部位の肉をメニューに取り入れるなど、現地の人種趣向・カルチャーに合わせることで地元に溶け込む姿勢をアピールしています。

レストランは構造上、工業製品でいうと、完成品工場に消費者が来てその場で購入・体験ができる店舗と言えるので、例えばトヨタが移転すると自動車部品メーカーも共に移転するように、レストランが移転すると、それに伴って、一緒にレストランの従業員、卸業者、バーテンダー、ワインインポーター、食産業に投資する投資家、など関連する多くの方々が移住することになり、発展の連鎖が形成されていくわけです。

発展の裏に巣食う問題とは

このように見ていくと、マイアミの発展は良いことずくめに聞こえますが、問題がないわけではありません。例えば、マイアミはニューヨークと同様、貧困率が米国トップ10に入る都市であることは誰もが知るところ。

前述の通り、サンフランシスコなど大都市では軒並みホームレス対策に苦慮しており、ニューヨークでは行政はコロナの影響で増加したホテルの空室を感染対策に配慮したホームレスのシェルターに転用するなど対策を取ってきましたが、これが周辺住民とのあつれきを生み、パンデミック中に多くの富裕層が同市を脱出する原因となりました。

マイアミが今後発展したからといって、そこで生み出される仕事が果たしてITや金融スキルがない一般人にとってどれだけ雇用を生むかは謎。結局10年後くらいには、同様に多くのホームレスや貧困層を抱えたままである可能性も大いにあります。

格差が生じる可能性大

残念ながら、IT長者が生まれる場所というのは、このような運命をたどるケースが少なくありません。テック系企業は、製造メーカーなどと比較し元々雇用数が少ない上に、ITスキルを持たない労働者のための仕事を生み出さず、また節税対策に長けている企業も多く、その企業を受け止める地にとってメリットが少ないというのが実情。

しかし、裕福な層が入ってくると地価や物価が高くなっていき、それ以外の層にとっては状況は厳しくなる一方です。マイアミの経済はサービス業が大きな割合を占めますが、サービス業は一般的に低所得者層が従事するセクター。地価や物価の上昇に見合うような、収入の大きな上昇が見込めない職に従事する人々にとって、生活は厳しくなる結果、その場を離れざるを得ないという負の状況を生み出しかねません。

マイアミは、ホテルや旅行業などのホスピタリティ産業の割合が大きく、そこで働く人たちは最低賃金ギリギリで働いている方が大半。ごく一部の大型ホテルチェーンなどは料金を上乗せしても高所得者層が払って泊まってくれるので、その分従業員に還元することができますが、大半の小さなホテルはもともとマージンが少ない上、宿泊費を大きく上げることができません。日本の一部の高級旅館のような、人数限定で一人当たり高額な宿泊費をチャージできる形は珍しく、基本ホテルビジネスというのは、客単価 x 客数である以上、客室が多い大きなホテルでないと大きなビジネスになりにくいようです。

パンデミックの政策が裏目に

以前の放送でもお話しましたが、パンデミック中には、州が通常の失業補助金週$275に加えて、週$300を追加で払ってくれていたので、低賃金で働く労働者にとっては、就労するとそれ以上の収入が見込めないという皮肉な状況により、大多数が仕事に戻らないという状況が生まれてしまいました。

しかしそれでは中小のホテルやレストランは営業に必要な十分な従業員を確保できず、6月26日には補助金を停止するとフロリダ知事が発表。その結果彼らが仕事に戻っても、収入は補助金の受け取り額と比べ落ちるため、生活は苦しい、という辛い現実が待っているのです。

これと似た話で、ニューヨークも、Amazon社の第二本社が、弊社店舗のあるロングアイランドシティにくると一時決定されたのですが、民主党議員の支援を受けた一部住民の大反対で頓挫したことがあります。弊社にとっては非常に残念な結果となりましたが、上記と同様な自体が起きる可能性も否定はできず、彼らの言い分も理解はできます。

結局、このパンデミックによって格差は更に広がり、「大企業や富裕層の支援政策を行うことが経済活動を活性化させることになり、富が低所得層に向かって徐々に流れ落ち、国民全体の利益となる」というトリクルダウン説の信ぴょう性は崩れてしまったのではないでしょうか。

さらに追い討ちをかけるように、6月中旬に非営利・独立系の報道機関であるPropublicaが大富豪、Amazon社創業者のジェフ・ベゾス、Tesla社のイーロン・マスクなどの納税記録が記されている資料を入手することに成功し、分析したところ、我々が払っている以上に小額の割合、または時にほとんど所得税を払っていなかったということが明るみに出ました。情報の完全な真偽は精査される必要がありますが、パンデミック中にさらに拡大した貧富の差に関して、興味深い記事ではあります。バイデン政権は富裕層の所得税率を引き上げて対応するといいますが、このようにいかなる状況下でも抜け道を見つける節税のプロの富豪たちに、果たして太刀打ちできるのでしょうか。 

以上、マイアミの白熱ぶりに絡めて、そこに巣食う問題点等も見てきましたが、パンデミックでしばしニューヨーク等の大都市が足踏みしている中、今同市に様々な業界が目を向けているのは確かです。日本の高級品でアメリカへの進出を考えられている方は、今後マイアミにも目を向けられてはいかがでしょうか。ニューヨークではとても敵わない御社の競争相手は、同市にはまだ進出していないかもしれません。

私自身も、フロリダ州の食関連卸業者とミーティングを予定しており、また日本の工芸品を扱いたいというギャラリーと提携をするために近々マイアミに訪問をしたいと思っており、今年中にはまた皆様に状況をシェアできたらと思っておりますので、乞うご期待ください。

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