若潮酒造・上村曜介さん編/木樽蒸留器で造る世界唯一のジンを米国へ

若潮酒造海外進出

海外進出を目指す企業の担当者をRESOBOXスタッフが取材し、思いを語っていただくインタビューシリーズ。今回登場していただくのは、焼酎王国・鹿児島県にある若潮酒造の上村曜介さん(35)です。若潮酒造は、海外への本格的な参入に向け、2019年12月に芋焼酎をベースにしたジンを発売。さらに、今年3月には芋焼酎とジュニパーベリーのバランスを追求した新商品「424GIN-juniper berry only-」が、世界的な酒類コンテスト「インターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・コンペティション(IWSC)」でブロンズ賞を受賞しました。勢いに乗る若潮酒造の戦略や米国に賭ける思いについて伺いました。

Q.まずは若潮酒造についてお聞かせください
A.地元で愛され続ける日常酒を造る芋焼酎のメーカー

1968年に鹿児島県志布志市と大崎町で家族経営していた5つの蔵元が一つになり、「若潮酒造」として設立。地元の日常酒を造り続け、2022年8月に55周年を迎えます。
志布志市は芋焼酎に多く使われる「コガネセンガン(黄金千貫)」の産地として有名。若潮酒造では収穫後3日以内の新鮮なサツマイモで焼酎を造っています。

1968年の創業時
若潮酒造
創業時の若潮酒造
Q.海外展開はいつから取り組まれているのですか?
A.2005年から。課題は米系のマーケットへの参入 

芋焼酎の輸出は2005年ごろにスタートしました。
踏み切った最大の理由は日本人のアルコール離れ。国内での需要が縮小する中、「海外に目を向けざるを得なくなった」というのが本音です。まずは、アメリカや中国などの鹿児島県人会に入り、現地で活動する鹿児島の方々の力を借りて日系スーパーでの販売に繋げるなど、地道に開拓を進めました。
2021年度の輸出額は年間200万円前後です。伸び悩む原因は購入者の大半が海外で暮らす日本人ということ。日系のみならず、米系にマーケットを広げなくては拡大は見込めません。市場開拓を伴う輸出の難しさを目の当たりにしています。

原料に黄金千貫を使用した「千亀女」
Q.現在、芋焼酎ではなくジンの輸出に注力されていますね
A.世界で唯一の木樽蒸留器で造るジンで勝負

芋焼酎は日本酒と異なり、海外ではほとんど認知されていないため、中小企業が単体でマーケットを開拓するのは困難です。そこで着目したのがスピリッツ(=蒸留酒)のマーケットでした。スピリッツとは、ビールやワインなどの醸造酒とは異なり、アルコール分を蒸留して造られるお酒のこと。ジンは、ウォッカ、テキーラ、ラムと並び、世界4大スピリッツに数えられ、世界各地で飲まれています。
ジンはライ麦や大麦など穀物を原料とした蒸留酒で、ジュニパーベリー(ネズの実)をはじめとしたボタニカル(植物)で香りを加え再蒸溜します。レシピはジュニパーベリーが必須である以外は、どんなボタニカルでも組み合わせられます。作り手によって風味が異なり、素材や製法で個性が光るクラフトジンが近年、世界的なブームになっています。そこで、うちの会社も芋焼酎をベースにしたジンを造ってみようと思い立ったと現社長である父や担当の吉井から聞いています。

しかし、当時の社内では「そんな海のものとも山のものとも言えないものは作れん」という反発の声もあり、苦労したのだそう…。そんな時、突破口となったのが「木樽蒸留器」でした。

木樽蒸留器
木樽蒸留器

蒸留器は海外では銅製が主流。日本ではもともと木樽でしたが19世紀ごろからはステンレス製がメインになり、現在現役で使われているのは鹿児島県内で10台程度のみです。若潮酒造では、1990年頃から伝統を復刻し木樽蒸留器で芋焼酎を造っていました。「木樽蒸留器で造るジンならば海外市場でも差別化できる」「国内でも居酒屋以外のバーなどで使ってもらえそう」とプロジェクトが始まり、4種類の芋焼酎をベースに、木樽蒸留器で造るジンが誕生しました。

424GIN
Q.木樽蒸留器の特徴は?
A.木の香りまとう極上の逸品に 

木樽蒸留器は木製なので、水分を含むと膨張し、乾燥すると縮みます。そのため管理が難しく、どんなに丁寧に使っても5、6年が寿命ですし、コストもかかります。
しかし、それらのデメリットを覆す素晴らしい焼酎やジンが仕上がります。ほのかな木の香りをまとったまろやかな甘みは、一度口に含むと忘れられない味です。
また、木樽蒸留器は現在では貴重品。職人は鹿児島県在住の津留安郎(つどめやすろう)さんただ一人。樹齢80年以上の杉を使用し、釘や杭などの金属は一切使わず、竹細工で作った縄で締め、3カ月掛けて完成させます。
現在、世界中で木樽蒸留器でジンを造っているのはうちだけです。

職人の津留安郎さん
杉の木で樽をこしらえる職人の津留安郎さん
Q.若潮酒造のジン「424GIN」の特徴を教えてください
A.木樽蒸留器ならではのまろやかな甘み

2017年から試行錯誤を繰り返し、2年かけて完成させ、19年12月に発売。「424GIN」という商品名は町名「志布志(しぶし)」から名付けました。特徴はなんといっても木樽蒸留器ならではのまろやかな甘みです。

海外ではヨーロッパなどで感想を聞く機会があったのですが、「日本でこんな美味しいジンが造れるなんて!」と、皆さん驚いてくれました。日本のアルコールといえば、日本酒のイメージが強いからでしょうね。木樽蒸留器に興味を持たれる方も多く、知っていただける機会さえあれば成功できると手応えを感じています。

木樽蒸留器で作業する上村さん


国内では口コミで評判が広がり、売り上げは右肩上がり。私自身も福岡や関東、関西のバーや酒屋に営業へ出向き、新作造りに向けた情報収集も行いました。

21年11月にはジュニパーベリーの風味を強め、よりジンらしさが際立つ商品にリニューアル。22年3月に世界的な酒類コンテストの一つ「IWSC」のジン部門でブロンズ賞を受賞しました。初代のジン、本商品の試作品に続く3回目の出品でやっと受賞が叶い、「世界が認めるジンを造れている」と証明できました。嬉しいのはもちろんですが、ほっとしているのが本音です。今後はアメリカへの輸出に力を入れて行きます。

アメリカを選んだ理由は、スピリッツの市場が伸びており、特に若者が好んでいるというデータが出ているからです。また、新しいものが受け入れられやすい土地柄が商品のコンセプトにピタリと合ったことも大きいですね。

Q.2022年2月に「424GIN」の試飲会をニューヨークで開催されました。反応や感想は?
A.社員のモチベーションがアップ! 思いもよらない文化差の発見も

米国で日本企業の海外進出支援を行うResobox, Inc.と契約し、試飲イベントを実施しました。ニューヨーカー9名が参加する様子を私も日本からリモートで見守りました。実際にニューヨークで自分たちが造った酒が飲まれている様子に、私を含めた多くの社員のモチベーションが上がりましたね。

NYで開催したイベントの様子
424GINをNYで披露

当日のメニューは、「424GIN」のジンリッキー(ジン、炭酸水、ライムでつくる甘くないカクテル)、ジントニック(「ジン」と「トニックウォーター〈炭酸水に各種の香草類や柑橘類の果皮のエキス、及び糖分を加えて調製した清涼飲料水〉」で作るカクテル)、ホットジン(湯で割り、レモンを加えたもの)の3種類。

ホットジン

座談会や会話形式のアンケートでは、ホットジンが一番好評。ジンそのものの味が最も際立つ飲み方なだけに、とても嬉しかったです。「このジンは、他の商品と比べてとてもスムーズで飲みやすい」「まろやかで美味しい」といった声もいただきました。我々がこの商品で表現したかった「まろやかな甘み」がアメリカ人の味覚にも響くことが証明され、今後の意欲に繋がりました。
また、ボトルデザインやネーミングのアドバイスもあり「アメリカ人は、こういうものの見方をするのか…」など、新たな発見も多く、今後に生きる有意義なプロジェクトでした。
今回はコロナの影響で渡米ができませんでしたが、今年こそ私自身がニューヨークに行き、現地の方やバーテンダーの生の意見を聞きたいと考えています。

Zoomで志布志とNYを結んで開催したイベントの様子
Zoomで志布志とNYを結び開催した試飲会。上村さん(右上)も参加
Q.上村さんは新商品の開発にも積極的に取り組まれています。専門分野で学んだり修業されたりしたのでしょうか?
A.専門分野で学んだ知識と経験生かしたい

筑波大学の大学院で微生物学を学んだ後、味の素(川崎)に就職し、7年ほど発酵の研究を担当しました。若潮酒造に入社した切っ掛けは、社長の父がイベントで上京した時、大変そうで「何か手伝えないか」と感じたこと。また、自分自身も研究職に就いていて、「お客さんの顔が見える仕事に挑戦してみたい」と考え始めたタイミングが重なったことも大きく影響しています。

2018年8月に川崎から鹿児島の実家に戻り、研究室で新商品の開発をしながら、経営戦略室長として営業などを担当しています。味の素では「味の素®」の発酵に関する研究をしていたので、知識や経験を生かせる部分もたくさんありますが、焼酎は「蔵に住み着く酵母菌」「職人ならではの技術力」など、現在の科学では解き明かせない部分もあるため、より複雑です。科学的な知見を生かして解き明かし、今後に繋げたいと考えています。

若潮酒造・上村曜介さん
Q.今後の展望を聞かせてください
A.海外で芋焼酎が周知されている状態

焼酎は500年、芋焼酎は300年の歴史があるといわれています。
自分たちの先祖が300年前に生み出し、時代に合わせて進化させたものを、次世代がさらに次のステージに進めるよう、絶やさず、貢献していきたいです。理想は「海外のどこへ行っても芋焼酎をみんなが知っている」状態。世界の人に芋焼酎の伝統やストーリーを伝えたいです。現状、芋焼酎を飲んでいる人の95%は日本国内の人なので、伸び代は無限大です。

また、鹿児島県内には地域に根ざした焼酎の蔵が112あります。それぞれが個性や特徴をもっと出して国内外に魅力を発信し、焼酎をより多くの人に楽しんでいただきたいです。そして鹿児島にも世界中から多くの人たちに訪れてほしいですね。

鹿児島県の東部に位置する志布志
鹿児島県の東部に位置する志布志

うちも館内をリノベーションし、ブレンダーの仕事を体験できるスペースを作りました。
焼酎は蒸留した複数の原酒をブレンドして造ります。数種類の原酒をブレンドし、味の変化を体感していただき、焼酎やジンをもっと楽しんでいただけたら嬉しいですね。

ジンのブレンド体験する様子
Q.芋焼酎の進化とは?
A.最近は若い女性にも人気 紅茶やすみれの香りを表現

焼酎造りの話をすると「伝統を大切にし、変わらない製法を守っている」と思われがちですが、実は変化し続けています。例えば「二段仕込み製法(最初に麹、次に原材料である芋を発酵させる)」が開発されて以来、発酵が上手くいかず腐ってしまうことがなくなりました。また、「芋くさくないキレイ芋焼酎」が主流になった時は、個性をあまり出さず、飲みやすいタイプの焼酎を造る会社が増えたと言われています。

現在はというと、「芋の個性を楽しむブーム」が3、4年前から到来しています。果肉の部分がオレンジ色の芋で作った焼酎は、紅茶やすみれの香りがします。また、紫芋からはワインのような香りがし、熟成後に仕込むとライチのようなフルーティーさもあります。
これらの商品の人気が高まり、熟年の男性向けから、女性も好むアルコールに徐々に変化。ソーダで割ると炭酸の効果で香りが引き立つ特徴があるため、「香りが心地よい」「ヘルシー」「飲み方が選べて楽しい」など、鹿児島の若者を中心にブームが広がっています。ちなみに私のお薦めは焼酎とソーダを4対6で割る飲み方です。

芋の個性を楽しむブーム
Q.現在取り組まれていることは?
A.地元のボタニカル生かしたジンを造りたい

ジンの商品開発において、さまざまな専門家から学んだり、ボタニカルやその配合を研究したり、販売先を探したり…。新しい繋がりもたくさんできました。そんな中で印象的だったお話が、ボタニカルの配合をバンドに例え、「全てが個性際立つボーカルでは味の調和がとれない。ドラムのような、バックで全体の骨格を作る存在が大切」という言葉。これらの経験を生かした新商品をもう少しでお披露目できるので是非ご期待ください。

また、ゆくゆくは地元のボタニカルを生かしたジンを造りたいと考え、地域の農家さんのもとを頻繁に訪ねています。志布志市ではユズ、パッションフルーツ、ゴボウ、イチゴ、キュウリ、ピーマンなど様々な食材が採れますし、農家さんと連携し、形が整っていなかったり、色が悪くて販売できなかったりした野菜や果物をジン造りに活用するプロジェクトも考えています。

若潮酒造は創業以来「地元の方々に愛される日常酒造り」を念頭におき、営業して参りました。焼酎と一緒にジンを造ることで新たな関わり方ができますし、そこで聞く生の声から地域を盛り上げる活動ができるのではないかとワクワクしています。

様々なことに日々挑戦しながら、焼酎業界を盛り上げていけたら幸せです。

スタッフの皆さんと上村さん(左上)
芋焼酎の蔵の名物と言える「芋切りスタッフ」の皆さんと上村さん。
満面の笑顔が社内の雰囲気を物語っています

●若潮酒造のHPはこちら→http://wakashio.com/

【編集後記】
〝木樽蒸留器で造る、唯一無二の杉香るジャパニーズジン〟〝300年前から存在し、進化し続ける芋焼酎〟…。興味深いお話の数々に、ぐいぐい引き込まれ、日本には世界で戦える素晴らしい商材がたくさんあることを再確認し、興奮しました。

そして、記事の最後に掲載した集合写真。素敵だと思いませんか?
若潮酒造さんでは、芋焼酎製造シーズンにあたる8〜12月は、地元のお母さま方の協力を得て、収穫した芋の大きさを揃えたり、傷んだ部分を取り除いてもらっているそうです。中には30年以上前から働いているベテランもいらっしゃるそうで、上村さんもご自身も「私の祖父と働いていた頃のお話を聞かせてもらったりしています。この光景は、芋焼酎蔵特有の風物詩かもしれませんね」とにっこり。
若潮酒造さんの芋焼酎には、長い歴史だけではなく、地元人の方の愛情がたっぷり詰まっていることを実感し、心癒やされました。地元の日常酒として歴史を紡ぎながら、世界ヘ挑戦する若潮酒造さんの今後が楽しみです。

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