1990年代半ば以降、LGBTという言葉が北米、そして欧州において一般的な用語になって久しいですが、ドイツの国際的なゲイ専門旅行ガイド「スパルタカス・インターナショナル・ゲイ・ガイド(Spartacus International Gay Guide)」が発表したゲイトラベル指数(ゲイフレンドリーな国ランキング)「SPARTACUS Gay Travel Index 2020」で、今年はカナダ、マルタ共和国、スウェーデンが同率1位。日本はどうかというと、66位という下位にランクされています。ランキングの評価基準にバラつきがあることは否定できませんが、やはり日本ではLGBTが5%程度、そのうちゲイが1-2%と言われており、まだまだ性的少数者の認識が一般的ではないのが現状でしょう。
一方、LGBT運動が高まる近年のアメリカは、成人の5.6%がLGBT、そのうち1.5%がゲイとのこと(2021年「ギャロップ」の調査から抜粋)。意外なことに日本とアメリカで大差はないようです。
この内容に興味を持たれた方は、同名のポッドキャスト番組でより詳しく解説しています。ぜひ聞いてみてください。
1837年にNYで創業 米宝飾品大手ティファニーが火付け役に
2011年にニューヨーク州で同性婚を認める州法が成立し、全米の多くの州でLGBTの方々が特別視されなくなる中、今月(2021年5月)上旬にTiffany社が男性用のエンゲージリング「The Charles Tiffany Setting」の販売を開始しました。
エンゲージメントリングは従来女性用だったため、男性用のサイズやデザインが少なかったのが現状ですが、LGBTの方々が存在感を増す中、男性用エンゲージリングに目を向け始めるジュエリーブランドが急増。中でもTiffany社のような伝統的なブランドが作り始めるというのは、そこに大きな社会的な流れが見えるといえるでしょう。
店舗では売り切れも 同性婚増加で高まる需要
実は私も、このダイヤモンドリングを実際に見るべくニューヨークの店舗に行きました。担当者に話を聞くと、男性用に特化したデザインは注文が殺到し、早くも売り切れ商品が多数あるとのこと。さらに購入の動機が多様化し、男性が自分用に買ったり、エンゲージメントリングを受け取った女性が男性にプレゼントするために購入するケースもあるそうです。
この男性用エンゲージリングの需要の高まりは、同性婚の割合が増えてきた事実に加え、女性の権利が声高に叫ばれる中、男女平等という点で当然の流れであるともいえます。つまり、「プロポーズは男性から女性へ」という概念を離れ、女性が男性にプロポーズする際に渡すリングとしての需要も大きいということです。
さらに、エンゲージリングの存在意義について考えると、New York Postの記事にもありましたが、一旦エンゲージリングを付けることで、“恋愛市場から一抜けしました”ということを証明するわけですが、それが女性に限られ、男性はあたかも恋愛市場に残っているかのように見える慣習は不平等、というフェミニストの主張もあるのです。
実は、1920年代からジュエリー業界は男性用エンゲージリングを作っていましたが、世間一般の理解を得るには時代が早すぎたようです。しかし近年になって特にアメリカのような文化的な影響が強い国で同性婚が認められ、またTiffany社のような有名ブランドが動き出すと、世界へ一気に波及するのではないでしょうか。
拡大する市場の今後に注目
アメリカ国内では、様々なブランド、例えばZadok Jewelers, Tenenbaum Jewelers, Deutsch Fine Jewelry and Valobra Master Jewelers など有名どころが既に販売していたり、現在制作中とのこと。Rony Tennenbaumのように、同性カップル用のジュエリーに特化しているブランドがあったり、Brilliant Earthのようにジェンダーニュートラルのエンゲージリングを提供し始めたところもあります。
これはアメリカだけでなく、世界中、特に欧米社会での潮流で、今や同性婚は30以上の国で認められています。例えば2017年に同性婚が認められたオーストラリアでは、ジュエリー大手のDiamond Emporiumが男性用エンゲージメントリングを展開しています。
ジェンダーニュートラルといえば、Tiffany社を最近買収した、モエヘネシー・ルイビトングループが、昨年ユニセックスのシリーズである、LV Voltを発表したのも話題になりましたし、エド・シーランなど、ゲイではない有名人がエンゲージリングを付け初めたり、グラミーやオスカーなどの世界的な祭典で見る多くの男性セレブがジェンダーニュートラルの服やアクセサリーをつけ始めていることで、今後このような商品が社会に一気に広がっていく可能性が大いにあります。
また、ビジネスとしても大きな市場が見込めそうです。昨年のTiffany社の売り上げのうち20%程度がエンゲージリングということですから、この「男性から女性へ」という固定観念が無くなると収益へ繋がることが予想されます。同時に社会への広がりによって、男性がダイヤモンドを身につけることへの抵抗感も薄れてくるのではないでしょうか。
ファッション業界では常にジェンダーに関して昔から多様な議論が行われており、NYでも実際に多くのLGBTの方々がデザイナーや美容師など同業界に従事されていますが、もしかしたら10年も経てば世界中でこのような光景が当たり前になるかもしれません。
個人的な意見ですが、洋服店、例えばザラやユニクロに入ると、男性服・女性服の売り場は階が違うのことが当然。このような区分けもいずれ撤廃される時代が来るのかもしれません。また、これらの流れは、“女性の権利が拡大した”という見方にどうしてもなりがちですが、逆にいうと、ファッションに対する男性の自由度がアップしたという見方もできるのかもしれませんね。
日本にもミキモト、俄、4°Cなど数十以上の素晴らしい国産ジュエリーブランドがありますが、男性用の婚約指輪はまだ市場が見えないため扱っているところは非常に少ない様子。しかし潜在的な需要は十分にあると思われ、数年後には当たり前の商品となっているかもしれませんね。
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