コロナ禍の米国で売上倍増 ミールキット事業

BentOn古川さん

米国NYで弁当事業を展開し、日本の弁当文化を広めた伝道師「BentOn(べんと・おん)」代表・古川徹さんと、RESOBOX代表・池澤崇の対談の後編です。前編では主に「アメリカ人に響く食のアプローチ方法」などについて語りました(▶︎前編の記事「日本の〝Bento〟を米国へ」)。後半となる本編では「米国におけるサプライチェーン」「時代が求める食の在り方」などについて対談した内容をまとめています。ポッドキャストで聞きたい方は下記リンクよりぜひご視聴ください。


ポッドキャストの前編もこちらから聞いていただけます
▶︎日本の〝Bento〟を米国へ「アメリカ人に響く食のアプローチ方法とは」

米国における現在のサプライチェーンは

池澤:日本でチェーン店を何十店舗も展開する店であっても、アメリカ進出となると、ゼロから覚悟が必要。メニューやオペレーションは日本で培われた経験があっても、食材調達のサプライチェーンはゼロからスタートがほとんど。ただ、昨今のパンデミックの影響で、サプライチェーンはズタズタ。日本食を扱う卸さんや営業マンと話すと「食材が海外から届かない」「届いてもドライバーがおらずニューヨークに着かないからお断りするしかない」と、皆さん揃って嘆かれています。古川さんが経営されている「BentOn」の状況はいかがでしょうか?

古川:コロナでサプライチェーンに問題が出ているのは明らかで、配送に大きく影響が出ています。ただ、弁当は「食材からのメニュー作り」という点で、レストランとの若干の違いがあります。つまり、とんかつ屋さんであれば、メニューに基づき豚肉やキャベツを調達する必要性があります。しかし、うちの弁当の場合は「キャベツが入ったからキャベツを使ったメニューにしよう」と、メニューありきではなく、食材ありきです。そのため、仕入れ先も「欲しいものを出してください」というレストランより、「今あるものを仕入れて使い方を考える」弊社の方が当然都合が良く、パンデミック下も「今在庫のある食材を使えないか」という連絡は常にきています。

食材ありきで作られる「BentOn」の弁当
食材ありきで作られる「BentOn」の弁当

池澤:なるほど。非常に面白いですね。料理上手な主婦が、冷蔵庫の中身がなんであれ、あるもので美味しいものを作るのに似ていますね。以前に「1日1つは新規メニューを作る努力をしてきた」と、古川さんがおっしゃっていたのが印象的でしたが、それがクリエイティブさに繋がり、今の異常事態の中で生きているのですね。またこの御社の考え方は自社だけでなく、食材卸業者や農家などを含めた、サプライチェーン全体のフレキシブルさも生み出している。

古川:食材というスタート地点に縛りを付けてもらった方が、何でも使っていいよと言われるよりも、実はクリエイティブなメニュー作りがしやすいという面はあります。
池澤:それは素晴らしいですね。ハードルを越えようとするところから生まれるクリエイティビティによって、ビジネスとして非常事態にも対応でき、尚且つ、よりサステナブルな形態を生み出すというのは。クライアントからの多様なリクエストに対して、様々な引き出しをお持ちなのではないかと思います。

「時短で便利」なBentOnのミールキット事業

池澤:パンデミックが始まって以来、コンタクトレスのサービスが必須になり、アメリカ全体でオンラインビジネス及び配達という点に焦点を置く流れができました。そんな中、御社のミールキット事業も順調に拡大されているそうですが。

古川:ミールキットは、パンデミック以後、毎月売上が倍増。これはもちろんロックダウンや自粛という背景が大きかったと思いますが、それ以外の要因として、料理に費やす時間を見直す機会になっているかと思います。結局皆さん、時間がないんですよね。
人間はお金を作れても時間は作れません。食に関する今後のサービスは、美味しいことは前提として、「便利なモノ」というキーワードが重宝されると思うんです。いくら美味しくて栄養があっても、それを作るために1日の中の2時間をかけるのは、現代人のライフスタイルに合いません。ですので、ミールキット事業において、時短には一番こだわっています。

ミールキットの一例
ミールキットの一例

色々な家事を考えたとき、実は30年前から炊事だけはあまり変化をしていないんです。調理器具が進化したとはいえ、買い物に行って調理する工程を考えると、大体4人家族で毎日2時間ぐらい炊事に費やす方が大半。私はそこに着目し、何かできないかと模索しました。
食事に関して、進化した面がもたらしたマイナスの部分(例えば、インスタント食品が増えたり、体に悪いものが食品に含まれたり)という点を限りなく減らし、時短でもプラスに転じさせることが現代の調理・冷却技術、配送によって可能になったと思います。ただ、固定観念もあってか、なかなか広まらない感じがあります。ですので、今回のミールキットに関しては、とにかく「便利さ」を売りにしました。

完成までの時間が鍵 3分で完成すると作り手に罪悪感

古川:Bentonのミールキットは、6〜10分で食べられます。実はこの数字がポイントで、3分にすることも可能ですが、そうしない理由があります。というのも、インスタントラーメンのように3分で完成すると、食事の作り手に罪悪感を生んでしまうんです。お母さんが子供に食事を出すときに、「ごめんね、今日はBentOnのミールキットで」と、なってしまう。でも、これを6〜10分にして最後の一工程を自宅でやってもらうことで、この「ごめんね」という罪悪感の部分が省けると思うんです。
ですので、BentoOnのミールキットは「時短で便利」というポイントを最大限売りにして出しました。昨今の食業界において、「美味しい」というのは当たり前で、そこに何がプラスできるかが課題ですから。

BentOnのミールキット
ハンバーグやカレーなど子どもが好むメニューも多数展開

池澤:6〜10分がポイントとのことですが、ミールキット大手の Blue apron等を見ると、届いたときに食事が出来上がっている訳ではなくて、30分程度かかるようなものもあったりしますよね。他社のミールキット事業も色々と研究されたと思いますが、そんな中でご自身たちのミールキットの調理時間の決め手は何だったのでしょうか?

古川:一括りにミールキット事業といっても各社視点が異なり、Blue Apronなどは「買い物代行」という面が大きいと思います。食事の準備において、メニューを決めて食材を買いに走るという、調理の前段階部分が炊事の半分を占めているので、家から出る必要がなくメニューを考えて調味料を含めた食材を揃えてあげるという部分を代行しているといえます。
一方、我々BentoOnのミールキットは、その点のみならず、調理も含めた時短にこだわったサービスです。日本で主流になっているミールキットは、共働きの家庭を助けることに主眼が置かれているので、時短でなければ意味がない面があります。それに対して、アメリカのミールキットは、主に白人富裕層向けで、ホームパーティ用であったり、あるいはお金はあるが食事のメニューが思いつかないといった方向けのものが多いなど、日米の家庭における料理習慣の違いがミールキットに反映されていると言えます。

第一拠点はトレンド発信のNYに 第二拠点は物流の拠点オハイオ州に

池澤:御社のミールキット事業、売り上げが倍増しているとのお話でしたが、ニューヨークを拠点にすると、やはりアメリカ東海岸の何州かに配送エリアが限られてしまうかと思うのですが、今後、全米、あるいはメキシコやカナダといった他国にまで配送地域を広げるご予定はあるのでしょうか?

古川:今の時点では、ひとまず全米を目指すことを目標にしています。ただ、ニューヨークというアメリカの東の端が拠点というのは不利な面があるので、第二の拠点としてオハイオ州にミールキットの工場を立ち上げている最中で、来年あたりには同州から弁当を出荷できるようにしたいです。

池澤:オハイオ州を第二の拠点に選ばれた理由は?

古川:第1に、オハイオ州という立地は全米の75%の人々に1日で物品が届く場所として、物流の拠点となっています。もう一つの理由としては、現在の配送エリアがニューヨーク周辺の15、16州なのですが、そこから一番遠いところにある州がオハイオ州だったという点もあります。

池澤:古川さんのFacebookのページなどで、様々な州にお住まいの方々が「うちには届かないの?」という書き込まれているのを見ました。では今後は、南部や西海岸等にも展開していくということでしょうか。

古川:そうですね。全米の郊外の方にも目を向け、普段日本食にアクセスができない方々に向けて、工場や配送ルートを作っていきたいです。

池澤:アメリカは広い国ですから、各地域で色々な文化がありますよね。その時、南部で好まれる味付けや、その地域で入手できる食材なども取り入れて、それぞれの拠点で違う味を出していくことも考えられますか?

古川:現時点での対象者は、働くお母さんや単身で駐在中の日本人ですので、旬の味覚を取り入れた、日本人に好まれる弁当を作っていきたいと思っています。ただ、今後アメリカ人からのリクエストが増えた場合は、地域や人種の観点を含めた次の作戦が必要になってきますね。

日本人が好むミールキットの一例
日本人が好む和食の要素が詰まったミールキットの一例

地方での展開 工夫のアイデアがきらり

池澤:この番組を聞いている(記事を読んでいる)方に米国で働かれている企業の担当者もいらっしゃると思いますが、例えば、アメリカの地方にあるトヨタの工場など何千人もの労働者がいる街などでは日本文化が広がる傾向がありますが、近くに和食店が数軒しかなかったり、デリバリーもなかなか届かないと不自由を感じられている方も多くいらっしゃると思います。そういう場所への提供は考えられていますか?

古川:実はそこに現在一番力を注いでおります。私自身、生活拠点をオハイオ州に移し、実際に郊外の暮らしを体験し、現地で単身赴任されている日本人にお話を伺ったりしています。例えば、ある方は「企業から福利厚生で食費の手当が出るが、実際はお金よりも美味しいものを届けてくれた方がよっぽど助かる」と。現在、ルイジアナやテキサスの郊外にある、大手建設業者やIT企業の下請けの部品会社等と実際に話し合って、大量のミールキットを企業に送り込むプランをテストしようとしています。

「すき焼き」のミールキット
海外赴任中に食べたくなる「すき焼き」もキットで提供


アメリカは地域によっては電子レンジが浸透していないところもあるので、湯煎による加熱でも食べれるようにしています。出張先のホテルに届けることもできますし、また、単身赴任が始またばかりの住み始めは冷蔵庫が空っぽなので、冷蔵庫に一週間分のミールキットを入れておくというパッケージ付きハウジングなども可能性があるかなと思っています。

池澤:なるほど。面白いですね。

古川:それから、サービスの受け取り手が、弁当は「食べる側」、ミールキットは食事を「作る側」という点も注目するべきところです。一般的に、家庭において「食べる側」の感謝の度合いは、「作る側」の作業を実際に見ていないと、どうしても低くなりがちですよね。あんなに時間をかけて作ったのに、その労力を「食べる側」はそこまで理解していない。
そのため、BentOnのミールキット事業に対する反響で一番大きかったのは、「作る側」からの感謝の度合いでした。食べることによる感謝と、ミールキットで食事の準備が楽になったという感謝の度合いは、格段に違う。ミールキットへの感激の声を聞くと、提供する側としては、この事業への満足感を感じます。

池澤:1年365日、炊事にかかる時間を計算したら途方もない時間になりますよね。その時間を家族サービスや自分の趣味など他の活動に費やせるというのは、家庭のあり方まで変え得る、当然、感謝されることであるわけですね。「食べる側」の感謝の度合いはそう簡単には変えられないけれど、「作る側」の時間を短くすることは現在ある技術でできるようになったと。今後、機械化が進み人間の時間に対してますます注目が高まっていくと思われる中、本当に大きなところに目を付けられましたね。

BentOnの今後の展望 アカデミー賞やNASAで弁当提供も

古川:短期的プロジェクトとしては、コロナの後遺症は今後数年は残っていくと予想され、また生活の中で皆さん時間不足と格闘している様子を感じる中、ミールキットを現在の東海岸から全米の日本人、アジア人、長期的にはアメリカ人に向けて広げていきたいですね。また、いつかアカデミー賞で弁当を利用して頂けるようになればいいなという夢もあります。あるいは、NASAに提供して宇宙にも弁当を持って行ってほしいなとか。。夢は広がりますね。

日本のメディアでも紹介される古川さん
日本のメディアでも紹介される古川さん

池澤:BentOnさんの弁当は、テニスの全米オープンなど大規模イベントや、多くの映画祭などに定期的に提供されていますよね。宇宙食というのも面白いアイデアです。メニュー考案からパッケージングまで、また新たな勉強になりますしね。

古川:そうですね。そういう世界中が注目するところに弁当を出したいという夢はあります。

池澤:これだけ様々な取り組みをされてきて、今後アメリカで食業界にチャレンジされたい方々へのアドバイスを提供することもビジネスとして考えていらっしゃったりしますか?

古川:それはあまり考えていませんね。知識というより、様々なトライをし続けている体験から得られたものが多く、人に教えることは難しいかもしれません。というより、多くの答えは、サービスの受け手であるお客さん、そこにあるのではないかと思います。

池澤:おっしゃる通りですね。では最後に、何かお伝えしたいことはありますか?

古川:2006年にBentOnを起業しまして、ただ16年間ひたすら弁当を作り続ける中、このミールキットに大きな可能性を感じています。投資家やこのミールキットを使ったアイデアがある方、何か自分にないものを提供してくださる方、この放送を聞いている方でご興味ある方がいらっしゃれば、是非ご連絡頂きたいです。

池澤:古川さんは、弁当オタク、職人、研究者という言葉がぴったりと合う方ですよね。ビジネスに真摯に向き合い、アメリカの厳しい食業界で長年にわたって一線で活躍されてこられた方です。ご興味ある方は是非、ご連絡頂ければと思います。

池澤:本日はどうもありがとうございました。

古川:ありがとうございました。