日本文化を世界に発信するアーティストにRESOBOXスタッフが取材し、思いを語っていただくインタビューシリーズ。今回は、東京で蕎麦教室「東京蕎麦キッチン」を主宰する野中朝子さんにお話を伺いました。ご主人のNY駐在に伴い、2012年に渡米したことがきっかけで、「食」の大切さに気付き、自炊の頻度は少なめのキャリアウーマンから心機一転、NYで和食や蕎麦の講師として活躍することになります。育休を取っていた大手企業を退職し、起業。国内外に向け、蕎麦や和食の魅力を発信されています。今回はそんなアクティブな野中さんが学びを通して感じた和食の魅力や、海外に発信する理由などについて伺って参ります。
Q.NYの「食」事情と、関心をもった経緯について教えてください
2012年4月に夫の仕事の関係で、1歳の息子を連れてNYへ引っ越すことになりました。当時のNYで簡単に食べられる食事といえば、ハンバーガーやピザなどジャンキーなものが主流。最初は美味しいのですが、食べ続けると胃の負担になるものがほとんどでした。
私自身、出産するまで会社勤めで忙しかったため、スーパーなどの惣菜に頼ることも多々ありました。しかしNYでは日本のように美味しくて安全な食品になかなか出合えず、人生の中で初めて食事に困りました。食の大切さに気付き、出汁をとったり、惣菜を作ったりと自炊をするように…。そんなある日、公園で出会ったママ友が「ヘルスコーチ」の資格を持っていて、セッションを受ける機会に恵まれました。ヘルスコーチとは、食と心と、個人を取り巻く環境を包括的に改善し、健康に導いていく専門家。興味を惹かれ、資格の取得と、英語の勉強を兼ねて、米国最大の栄養学校「Institute for Integrative Nutrition」に入学し、1年間学ぶことにしました。
Q.「ヘルスコーチ」という職業は、米国では一般的なのでしょうか。また、資格取得のためにどんな勉強をされるのですか?
米国では私が学び始めた2013年の時点で、既に一般的でした。病院や医療機関、企業、健康施設などに常駐しているケースも多いです。仕事の内容は、クライアントが自力で健康的な生活ができるように自己管理能力を上げることです。
そのため、学ぶ内容は食や運動、生活習慣など多岐に渡ります。例えば米国の食事事情だと、食品添加物の使用率は少ないのですが、精製された砂糖などの糖質や、体に悪い脂質を摂り過ぎていたり、劣悪な環境で育った肉や卵が売られている食べていたりするケースがあります。
また、米国ではビーガンやベジタリアンの比率も多く、宗教的に肉が食べられない人もいます。そのため、さまざまな観点からアドバイスができるように学びを深めました。
私自身も、米国で何を食べたら良いのか、選べば良いのかがわかるようになりました。それと同時に、和食に興味を持ち、自分で作るようになりました。体に優しく健康的で、何より自分の舌に合うことを実感し、「和食を多くの人に広めたい」と、和食愛が芽吹いた1年になりました。
Q.和食の具体的な魅力って?
和食の基本「一汁三菜」は、栄養のバランスが良く、野菜もたっぷりと取れます。また腸内環境にアプローチする発酵食品もありますよね。
中でも魅力的なのが「お出汁」。10分程度で簡単に作ることができ、旨味成分が凝縮されていて、さまざまな料理の味に深みを加えられます。砂糖や塩分を控えつつ、、ヘルシーで美味しい料理が作れる貴重な存在です。米国で和食を好む方は、添加物を避ける傾向にあるため、多くの人に興味を持ってもらえると感じました。
Q.和食に加え、蕎麦を教えることになった経緯は
偶然なのですが、義理の母が蕎麦打ちの先生でして(笑)。NYに遊びに来てくれた時、作り方を教えてくれたんです。その時にちょうど、「ヘルスコーチ」の勉強もしていて、和食に興味を持ったタイミングだったこともあり、「蕎麦も一緒に広めたい」と思うようになりました。
蕎麦打ちは、義母を師匠にじっくりと学び、2014年にNYの自宅で「お蕎麦と日本の家庭料理の教室」を開くことになりました。集客は、自作のホームページのみで、こぢんまりと行っていたのですが、喜んでくださる生徒さんの顔を見るたび、「もっと多くの人に届けたい」と思うように…。そんな時に、友人の紹介で日本文化をニューヨーカーに広めている「RESOBOX」というスペースの存在を知り、知人を介してオーナーの池澤崇さんを紹介してもらい、定期的にワークショップを開くことになりました。
Q.ニューヨーカーが集うRESOBOXでのクラスの反響は
初回は2014年12月に「蕎麦作りのワークショップ」からスタートしました。その後「恵方巻き」「お出汁」「筑前煮」「和菓子」「鯖味噌」…と、テーマを変えながら定期的にRESOBOXさんで クラスを実施しました。どのクラスも前半は座学で、和食やテーマ食材の歴史、栄養など知識をお伝えし、後半は実際にみんなで作って食べるという流れにしました。
参加者の人種は本当にさまざまで、年齢も20〜60代と幅広く、多い時は定員いっぱいの15人程度が参加してくれました。回を追うごとに「素材の味を大切にする和食の魅力」に感動してくださる方が増え、より多くの人に伝えたいと強く思うようになりました。
Q.帰国されてからはどんな活動をなさっているのでしょうか
2015年4月に夫のNY赴任が終了したため、後ろ髪をひかれつつ、日本に帰国しました。その時の私の頭の中といえば「和食や蕎麦の魅力を、国内外の多くの人に伝えたい」という想いでいっぱいで(笑)。会社勤めに戻らず、起業への道を歩み始めました。。
その後、長女出産を経て16年12月に東京の実家のキッチンやレンタルスペースを活用し、外国人と、日本人向けにお蕎麦の教室を開業。18年3月からは念願のスペース「東京蕎麦キッチン-Tokyo Soba Kitchen-」を杉並区に開き、外国人観光客から、本気で蕎麦打ちを極めたい日本人まで、幅広い方々に向けて技術や文化を伝えています。現在開業して5年が経ちますが、蕎麦教室体験者数 は1500人以上、本格的に学ぶ10回コース修了者数も30人以上になりました。
Q.ヘルスコーチとしても活動されていますね
毎週1日は、ヘルスコーチ・野中朝子として、クライアントさんにアドバイスする仕事も行っています。健康的な料理を作りたいけど時間がないという女性を対象に「忙しく働く女性のための10分ごはん」と題して、個人の環境や好みに合わせた方法を一緒に考えます。
「毎日の食事に悩む時間や栄養面での不安がなくなり、料理にも人生にも前向きに向き合うことができるようになった」と好評。何度かセッションを重ねると、自分で考えて実践できるようになります。興味がある方はぜひ、公式サイト「Balansity」から気軽に連絡していただけたらと思います。
Q.今後の展望や目標について教えてください
東京のスタジオからの発信はもちろんですが、海外でも続けていきたいです。先日もNYでワークショップを開きましたが、やはり文化が違う方に喜んでいただくと励みになります。
お蕎麦の材料は蕎麦粉と水だけで添加物は一切使わないですし、味のポイントは技術と粉の品質だけ。抗酸化作用があるルチンをはじめ、ビタミンやミネラルが豊富で体にも良い食品です。また手作りすると本当に美味しいですし、運動にもなるんですよ(笑)。
上質な蕎麦粉さえあれば世界中どこでも美味しい蕎麦は作れます。味はもちろんのこと健康面でも優れた和食材として、もっと広めていきたいです。今後も機会を作ってNYはもちろん、さまざまな国で作って食べる文化の普及に貢献できると嬉しいです。
【教えてくれた人】野中朝子さん
のなか・あさこ 東京都在住。米国代替医療協会公認IINヘルスコーチ・女子栄養大学公認食生活指導士。Balansityヘルスコーチング主宰。東京蕎麦キッチンにて手打ちそば教室主宰。日本とニューヨークで和食と蕎麦のワークショップを開催。その他イベント多数。
【編集後記】
キャリアウーマンだった野中さんが旦那さんの転勤を機にNYに渡り、畑違いの「和食や蕎麦の魅力を発信したい」と奮闘していく…。「こんなに偶然って重なる?」というような、運命的な展開に心トキメキました。
英語は苦手だったという野中さんですが、「学びたい」「伝えたい」との思いから、勉強しながら資格を取得。渡米した1年後には自分のクラスを持ち、ニューヨーカーにレクチャーされていて驚きました。意思の強さが成す技なのでしょう。こういったパワーを持った人とお話ししていると自分自身も元気をもらえます。引き寄せってこういうことを言うのでしょうか…。今後も良いご縁が繋がって、和食やお蕎麦が世界に広がっていく気がしてなりません。
そういえば、「お蕎麦作りって日本人でも難しいですが、外国の方でも上手に作れるものなのですか?」と問いかけると、「私、失敗させないので!」とピシャリ(笑)。某ドラマの米倉涼子さんを思い出しました。朝子さん、カッコ良すぎです! 私もインタビュー当日はお蕎麦が食べたくなりました。今度東京へ行った時は是非教室へ伺います。