「世嬉の一酒造」四代目・佐藤航さんをインタビュー/後編

NYは世界進出に繋がる


前回の投稿に続き、米国進出を精力的に取り組まれている「世嬉の一酒造」(岩手県一関市)四代目社長・佐藤航さんへのインタビューを紹介します。今回は、新商品の内容や海外に商品を輸出する際の工夫やアイデアについて語っていただきました。クラフトビール大国・米国へ挑戦!について思いを語っていただいた前編の記事や音声で聞いて頂けるポッドキャストと合わせてご視聴ください。

「出張販売会」が販路拡大への転機に

池澤:4代目に就任し、販路拡大に取り組まれる中で、工夫したことや苦労されたことはございますか?

佐藤さん:日本国内ではクラフトビールや日本酒など酒類の消費量が減っているため、最初は苦労しました。
現在は「クラフトビール」と呼ばれて市場が出来上がっていますが、「地ビール」と呼ばれた時期は、どこへ持って行っても「臭い、高い、まずい」といわれる始末で…。
この状況を打破するため、「出張販売会」に取り組みました。

週末ごとに、トラックにビールやサーバー、カップを積んで、全国各地の祭りや催事、PRイベントなどを見つけては出掛けました。すると少しずつ「仕入れたい」と言ってくださる方が現れました。当社には営業マンがいないので、イベントを通して徐々にお客さんが増えていった流れです。
その後、東京での取り扱い先が10店舗くらいになった頃から、急に「どこで仕入れられるの?」とお店の方から問い合わせが入るようになりました。
ここに到達するまでは苦労が多かったですが、今では北海道から沖縄までたくさんのお店で取り扱ってもらっています。

NY進出が他国への輸出に大きく影響

池澤:すばらしいですね! さらに、海外にも輸出されていますが、現在は何カ国と取引されているのでしょうか?

佐藤さん:2005年からスタートし、現在はアメリカ、ニュージーランド、マレーシア、シンガポール、香港、台湾、イスラエルの7カ国に輸出をしています。日本の人口はどんどん減っていますし、今後、生き残るためには輸出は必要だと考えています。

アメリカは、ロサンゼルスでレストランを営むシェフが、東京でうちのオイスタースタウトを飲まれて、「店で使いたい」とオファーしてくれました。輸出と言っても、1年間で20ケースではありますが、嬉しかったですね。
その後、東日本大震災の影響で苦労していた時に、ニューヨーク・岩手県人会の知人から「震災でそんなに大変ならば、一度こちらに来てみないか」と声を掛けてもらいました。

弊社の商品を海外で取り扱ってくれていた商社の担当者と一緒に現地へ行き、県人会のメンバーに「オイスタースタウト」「山椒エール」の2品を飲んでもらったところ、「面白い!米国でもいけるのでは?」と賞賛してもらいました。その後、商社の方がやる気を出されたのか(笑)、米国での売り上げが急に伸び、「ニューヨークで飲まれている」ことが引き金となり、シンガポール、ニュージーランドと引き合いが続き、現在に至ります。

クラフトビールで町おこし! インバウンド対策は?

池澤:御社で経営されているレストランでは、ヴィーガン向けのメニューも出されていますが、海外からのお客様も多いのでしょうか?

佐藤さん:私たちの町は、インバウンド向けの観光地としてはまだまだです。

ただ、足を伸ばして来てくれる方もいますので、工場見学や試飲はもちろん、我々の畑や蔵もご覧いただけるように、いつでも開放してお待ちしています。

池澤:一関市では、全国各地から250種類以上の地ビールが集まる「全国地ビールフェスティバルin一関」を開催されており、海外の地ビールも扱われていますね。

佐藤さん:我々の地元は、高校を卒業すると96%の人が町外に出てしまい、その後戻ってくる人は4%程度。常に過疎が進んでいます。このイベントは市役所や飲食店組合、農協などを巻き込み、町おこしの一環として1997年にスタート。現在は日本最大級のビールの祭典になっています。

最初はお客さんが少なかったのですが、「田舎の村祭り」感覚で、地元の飲食店が天ぷらや漬物、おでんなど自由に好きなものを出していたら「地域色が強すぎるところが面白い!」と話題になり、年々規模が拡大。今では東京や海外からのお客さんも多いです。また、大手のビールメーカーや海外のインポーターも出店してくださり、素晴らしい交流がたくさん生まれています。

池澤:昨年弊社と一緒に行って頂いたオンラインイベントでも、ニューヨークの参加者との面白い交流がありましたね。イベントを通して、気付きや今後に活かすアイデアなどは浮かびましたでしょうか?

佐藤さん:今回のイベントで一番良かったのは、僕とNYとの心理的距離が縮まったことです。

昔は東京でのイベントでさえ、プレッシャーがあったり躊躇したりしていましたが、今回は初めてのニューヨーク。「本場で暮らす人たちは、日本のクラフトビールには無関心なのでは?」と不安な気持ちがありましたが、実際に始まってみると、ざっくばらんに質問が飛び交って会話が弾むなど、自分自身もとても楽しく、心理的な壁が一気に崩れ去りました。コロナが落ち着いたら、僕自身が実際に足を運び、試飲してもらいたいです。
ぜひ企画していただき、一緒に何かできたら嬉しいですね。

日米の違いや輸出に関する知識を取得しよう

池澤:海外での挑戦は、国内とは違う「大変さ」がありますよね。
例えば、「和食に合うビール」と単に言っても、日本と米国では違う味付けで提供されている場合が多いため、それに合わせるビール自体にも、アレンジが必要かもしれませんし、そもそも味覚が違うため、味を変える必要がある場合も多々あります。

ちなみに、世嬉の一酒造さんが輸出しているビールは、日本で販売されている商品と味は一緒なのでしょうか? 

佐藤さん:実は商社さんから「海外向けは味を濃くした方がいい」とアドバイスを頂き、米国用は、山椒の味を強く出すなど、アレンジを加えています。
日本では「ほのかな香り」が好まれますが、海外では違うようですね。

池澤:ラベルのデザインなども、工夫されていますか?

佐藤さん:デザイン関連は、たまたまアメリカのブランディング会社「ランドーアソシエイツ」に興味持っていただけたので、そこに登録しています。
ただ、新しいデザインに変えたい時などは、契約上の理由で思い通りに動けないのがデメリットです。海外との取引に関して、まだまだ知識不足なので、日々勉強しています。

地域の植物香る「ジン」や新たな「日本酒」も輸出へ

池澤:ビール以外で、海外向けの商品は開発されていますか?

佐藤さん:昨年、日本国内で発売を開始したジンです。
ジン造りは、ボタニカルをたくさん使えるため、「日本らしいもの」「地域の特色を生かしたもの」が多く造れます。

また、弊社の基本である日本酒の輸出も考えています。
ただ、その際には新しいチャネルを考える必要があります。

例えば「欧米人がワインの替わりに飲みたい日本酒とは?」「本当に美味しいスパークリング日本酒とは?」など…。現在、日本酒の醸造工程や、ビール造りで培った炭酸の技術を生かし、研究を重ね、挑戦中です。世嬉の一酒造らしい工夫や色が出せる段階に達した時、日本酒もどんどん輸出して参ります。

池澤:コロナが落ち着いた頃に、本格的に進出がスタートしそうな予感がしますね。とても楽しみです。輸出先はアメリカ以外もお考えですか?

佐藤さん:アメリカ以外も考えていきたいと思うのですが、最初はやっぱりアメリカですね! 東北人はアメリカに弱いですから(笑)

池澤:先程のお話でも、ニューヨークが起点になり、他の国の引き合いが始まったと言われていました。確かに、弊社のクライアントも、まずはニューヨークを押さえ、そこである程度の結果を出した後、他の国からの声が掛かることは多いようです。

また、様々な人種が集うニューヨークでテストマーケティングすることで、自社製品が好まれる地域をリサーチできたり、コネクションができるようです。ある程度の道筋を決めた後に、本格的に事業を進められると低予算で効率的に結果が出せますしね。

佐藤さん:色々な国の文化が集まる街だからこそ、学ぶことや刺激が多いですね。やはり、ずっと日本にいると考え方が凝り固まってしまいます。
僕自身、仕事などで海外へ行くと、普段使ってない脳みそを使ったな…(笑)と、軽く興奮気味になります。今後も「常に新しいことに挑戦する会社」を目指すため、積極的に海外へ出掛けて行きたいですね。

「根本、長期、全体」を胸に。焦らず着実に! 

池澤:最後に、今後海外進出するメーカーさんに向けてメッセージをください。

佐藤さん:私は常日頃から「根本、長期、全体」という考え方を大切にしています。

・「根本」とは、儲かるかどうかではなく、自分たちが「気持ち良く働けるか」「楽しいか」ということ。自分の良心に沿っているかということです。
・「長期」は、目先の利益に囚われないということです。今海外への販路を作ることは、次世代にとって絶対にプラスになると確信しています。
・「全体」は、うちの会社のことだけではなく、地域など全体を考えることです。

例えば、とても儲かる話を依頼されたとしても、この三つに当てはまらない仕事は受けないようにしています。

実は一度、失敗しているのですが、引き合いが多くなって生産を増やした時に、質が落ちてしまった経験があります。

タンクもスタッフの数も決まっているので、良品を造れる数は決まっています。そのため「商品をどこに販売するか」が経営者の手腕。「根本、長期、全体」を考え、見極めています。

また、工場を大きくしたり、スタッフを増やしたりすることも一つの手段です。ただ、「焦って行動しない」ということも大切にしています。

池澤:とても参考になるお話をありがとうございました。
NYでも、時間をかけてゆっくりと認知度を高め、こちらのお客さんが「世嬉の一酒造は、次はいつ来るんだ?」と、待ち遠しくさせるくらいのスピード感で進めていくのも良いかもしれないですね。

世嬉の一酒造HP

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地域が喜ぶ ザ・クラフトビール!

今回のインタビューを通して、佐藤さんのアイデアの数々は、多くの経験あってこそと感じました。
また、地元素材を商品にしっかりと生かし、地域の良さを世界に発信しようとする情熱が伝わってきました。

「大きな賞を取っても、従業員や地元の方があまり喜ばれなかった」
しかし、「自分たちの地域の食材を使った商品が海外の人たちに『いいね!美味しいね』と言われ、実際に飲まれた時、本当に喜ばれた」というお話をされていましたが、これぞまさにクラフトビールの精神!地域の良さを商品に活かし、国境を超えて発信されている素晴らしい会社だと感激しました。

楽しみながら変化に挑戦することが成功の鍵

また、海外展開においてここがポイントだと感じたのが、アメリカ向けに味を変えているとおっしゃっていた部分です。

僕の会社では、日々日本から来た食材や工芸品などをニューヨークでプロモーションしているのですが、「来たものがそのままヒットすること」は殆どなく、「どう変化を付けるのか」が重要になってきます。

佐藤さんは山椒を多めに使うなど、商品に対して様々な工夫をされていましたが、このように変化を恐れず挑戦されることが、成功の鍵だと感じています。

もちろん、最初に日本で苦労して造り上げた味に手を加えることは、気持ちの面でも容易ではないはずです。しかし、そこで頑なになったり、妥協したりするのではなく「自分たちが造り手として、現地にいるお客さんを満足させるためにはどうすべきか」を楽しみながら追求できていることが素晴らしいです。

クラフトビールの本場で勝ち抜くためには?!

アメリカはクラフトビールの激戦区。

ニューヨークだけでも、 LICビアプロジェクト、クイーンズラガー、ブルックリンラガーなどなど、物凄い軒数の醸造所があります。多くのブルワリーを見ていると、クラフトビールの魅力は、もしかしたら「文化」なのでは?と考えています。

各クラフトビールメーカーのウェブサイトに行くと自分たちのロゴを貼った帽子やTシャツなどを売っていたり、また、実際に醸造所見学に行くとアーティストであったりクリエイティブな仕事をしている人が多く集まっていて、新しいもの・トレンドを作り出そうという勢いを感じます。

アルコールのお陰で会話も進むので、そこで色々なビジネスの話をしたり、次のアートのプロジェクトの話をしたり…クラフトビールのタップルームは新しい文化が生まれる”ベースキャンプ”として機能していると思います。

アメリカに進出するにあたって、競合分析やマーケティングの分析をすることは当然ですが、それ以上にアメリカのクラフトビールに集う若者たちが「これを飲んでる俺ってイケてるぜ!」と感じるように文化を掴み、プランを構築することこそが成功に繋がる近道なのではないでしょうか?

世嬉の一酒造さんのビールは、イベントでも「美味しい!美味しい!」と大好評で、後日、購入するニューヨーカーが多数おられました。
今後、文化的な要素をマーケティングに取り入れることで、「もっともっと売れる!」と僕は確信しています。今後、また同社と一緒に仕事ができる日が楽しみでなりません!

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