−あみぐるみ作家・光恵さん編−②「あみぐるみで世界を救いたい」米国進出で得たすべて


前回の記事で、日本を代表するあみぐるみ作家・光恵さんの生い立ちや個性的なアイデアを生み出す秘訣についてお伺いしました。今回は、海外に進出してみて何を得たか、また将来あみぐるみ作家として何がしたいのかを特集します。

未知なる素材と人との出会いが、海外進出の醍醐味

 光恵さんがニューヨークに来る際は、RESOBOXのあみぐるみ展示会の他、Vogue Knitting Live(https://www.vogueknittinglive.com/portal)という編み物の祭典にも参加しています。毎年ゲスト参加しているRESOBOXのブースを活用し、世界から集まってくる編み物アーティストや毛糸メーカーの人達と交流をしているのです。このようなイベントを通じて、海外では初めての素材に出会うことで想像力がかきたてられるといいます。「ニューヨークに来て、日本では見たことが無い美しいグラデーションの毛糸やポコポコした珍しい形状の毛糸に出会いました。これだったらどんなものが編めるかなと想像しながら選んでいます。数年前には、羊の毛をカットしたロックスとアンゴラウサギの毛糸に出会い、日本の手芸店では見たことが無い素材だったのでワクワクしました。高価だったけど、ここでしか出会えないと思って買って帰り、両方の素材を合わせてひとつの作品にしたんです。父にも木工で制作を手伝ってもらい、面白い作品ができました」。展示会のたびに出会える珍しい糸や個性的な色の毛糸。さらに同じ毛糸を使って表現しているアーティストとの交流もあり、回を重ねるごとに良い刺激を与えてもらっていると言います。

ロックストアンゴラウサギの毛糸
上記の毛糸でできた作品

 海外進出により得たものは、珍しい素材にとどまりません。「日本では、かぎ針の持ち方から細かい編み方まで、こうでなければいけないという意識や柵に捉われている人が多いように感じますね。SNSなどで、間違った持ち方だと指摘する人もいるくらい。確かに編み物の資格をとるなら正しさは必要だとは思うけど、ずっと疑問に感じていました。ところがニューヨークに来てみると、編み方も糸やかぎ針の持ち方も、人によって様々。本当に自由に編んでいるんです。そして、相手のやり方を否定せず尊重している。それを見て、編み物は自由でいい、どう編んだら毛糸も自分も喜ぶかが大切なんだと気付きました。一方で台湾では教えられた通りに編むのを好む人が多いといった文化の違いもあるので、あくまでお互いの心地よさを認めあう気持ちが大切だと思います」。また海外でアートの感覚に触れられたことも、良い勉強になったそうです。「国外に出ると、普通の街並みでも日本に無いものがあるので歩くだけでも刺激になります。英語がうまく話せなくても、作品を編んでいる様子や表情に編み物の力を感じるんです。ニューヨークに来て皆さんと一緒に編んで、自分の作品を見てもらって、こちらのアートにもたくさん触れて、その経験すべてを自分に吸収し、良い作品に変えていきたいですね」。作家としての活動名をフランス語由来の「リュミエナ」から本名の「光恵」に変えたことも、海外に出て日本人としてのアイデンティティを大切にしたいと思ったから。光恵さんにとって海外進出は、色々な面で大きな転機となったようです。

外国の面白い毛糸を使った「絶滅 ~You are worth. You too!~」

 あみぐるみ業界の将来について「雑貨、ハンドメイド、トイなど色々なやり方があって良いし、それぞれを認め合うあみぐるみの世界でありたい」と強調する光恵さん。一方でご自分は、どうしたら違うステージであみぐるみを紹介して、国内外に広められるかを考えているそうです。そして踏み込むことを決意したのが、創作人形という新しい世界でした。あみぐるみが認めてもらえるのかと不安を抱きながらも、違うジャンルを知ることで、自身の視野と作品の幅を広げたいと考えたのです。「あみぐるみの世界は毛糸とかぎ針を使っている人達の集まりだけど、創作人形の世界は粘土や木など色々な素材と技法で作品を作っている人達がいます。そういう人達と接していたら、まだあみぐるみで出来ることがある、表現の仕方があると気付きました。人形作家の皆さんから勉強させてもらって、今まで異素材を使って作品を作っていたのも、間違いではなかったと思えたんです」。王道と違っていても認めてもらえた、面白がってもらえたことは、個性を追求する光恵さんにとって大きな自信になったのです。

毛糸と異素材を組み合わせた作品には独特の愛らしさが

 そして光恵さんは、表現方法をさらに追求することで、あみぐるみや編み物を若い人に広めたいと考えています。「編み物に限らず手芸全体が高齢化しているんです。若い子たちはかぎ針も毛糸も持ったことが無いし、見向きもしない。でも日本のあみぐるみが世界で通用するようになれば、もっと皆に興味を持ってもらえるジャンルになるんじゃないかと思うんです。自分が子供のころに母や祖母から編み物を通して教えてもらったぬくもりや温かさを伝えていきたい。そのためには、裾野を広げるチャンスが必要です。ワークショップをして地道に伝えるのも大切だし、私にしか編めない珍しいあみぐるみの作品を作って、素材や表現の可能性を感じてもらいたい。その両方で編み物の楽しさや面白さ、温かさを知ってもらえるよう活動をしていきたいですね。編み物業界全体を盛り上げるために、教室をしながらアートの展示会やコンテストにも出場し、他ジャンルとの交流も続けていきます」。

あみぐるみをきっかけに世界を救う

 今年のRESOBOXあみぐるみ展示会のテーマは絶滅危惧種。世界中のあみぐるみ作家が編んだ絶滅危惧種モチーフのあみぐるみが、ニューヨークに集まりました。そこで光恵さんはリアルなオランウータンのあみぐるみ・オランを連れて渡米。オランを編んでいるとき、オランウータンは人間のせいで絶滅危惧種になっていると知り、動物の保護保全活動に興味を持つように。そして今回あるアイデアを思いつきました。「私達の森を守ってください」という英語メッセージ付きTシャツをオランに着せ、ニューヨークの街中を歩いたのです。前回の記事ではオランがリアルすぎて地下鉄で怖がられてしまったというエピソードをご紹介しましたが、実はこの話には続きがありました。「オランを気味悪がっていた人たちが、Tシャツのメッセージを読んで、あぁそうだったのか、ごめんなさいという表情をされたんです。最後にはオランと写真を撮ってくれました。他にもオランウータンを知らない人がいたり、最初は怪訝な顔をされたけど説明したら分かってもらえたり。中でもオランを抱っこしたいという人が、自分の胸に抱いて見つめあった時の笑顔は最高でした。言葉はいりません。オランに秘められているものを感じて笑顔になるのは万国共通。『ただの編んでるサル』と思えばそれまでで、『命宿る子』と思う方にだけオランは言葉のようなもので話しかけていると私は思ってます。そういう方々の慈愛でオランは生かされているんです。これこそが編み物のパワーですよね。異国の地でもこのパワーを感じることができたから、オランを連れて来てよかったなと。制作も大事だけど、その先の活動も続けていきたいと思いました」。光恵さんは今回、オランのニューヨーク旅行の様子をプロの写真家に撮影してもらいました。これからオランウータンの研究をしている専門家からのコメントも得て、ゆくゆくは写真集にし販売にすることで、オランウータンを保護している団体に売上の一部を寄付したいと考えているそう。「自分の作品が世の中のためになるような活動をしていけたらと思っています。動物を守るだけじゃなくて、助けを必要としている人のために何かできないか。作って終わりじゃなくて、自分の編む技術を何かに繋げたいと海外に出てすごく感じるようになりました」。まずは一人で出来ることから、あみぐるみを通じて世の中をより良くすることが光恵さんの目標なのです。

Photographer: Bobby Lopez タイムズスクエアとオラン

 最後に、海外進出を考えているアーティストの皆さんにメッセージを頂きました。「出る杭は打たれる閉鎖的なところがある日本と違い、アメリカは受け皿が大きく自由で寛大。好き嫌いの反応がハッキリしていて分かりやすいし、こうじゃなければいけないという檻みたいな物を作らない場所なので、日本での活動に息苦しさや疑問を感じているなら、ぜひ一度海外に出てみて欲しい。最初の一歩はとても勇気がいるけれど、自分の作品を持って外へ飛び出してみて!と言いたいですね。そうすることによって、今度は日本の良さにも気付いたりするかもしれません」。その言葉の通り、海外に出るときは必ず誰かを誘って、活動の幅や人脈を広げる手伝いをしている光恵さん。「ニューヨークに来る回数を重ねる毎に『Welcome back to NYC!!』と言ってくれる人が増えたり、ワークショップやイベントへわざわざ私を訪ねてきてくださったり、居場所が出来てきています。お客様や生徒さんはもちろんのこと、私の活動を理解し支えてくれる家族への感謝も忘れず、信念と勇気をもってこれからも世界に向けて活動を続けていきたいです」。

 自分にしか生み出せないあみぐるみで、業界の未来と世界を変える。強い信念をもとに、光恵さんは今日も新しい作品を手がけ続けています。

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